サッカーと仕事に没頭し、今に至るまで山根の人生27年間を振り返ってみた

今日のブログは個人的なぼやきの内容がメインです。最近仕事をしていて感じることを記載したいと思います。


僕は、小学校の頃からサッカーをやっており、中学、高校とある程度厳しい環境でプレーしてました。何より目指すものが明確で、人よりも努力しないと一瞬で置いていかれる環境で12年間ほど一緒にやってきました。朝は得意なタイプでしたので、朝5時半ぐらいに起きて、6時半から毎日朝練してました。高校1年生の頃は自分より早く朝練をしているプレイヤーはおらず、ただ高校2年生の頃に自分より早く学校に来て朝練をするプレイヤーが出てきました。彼の事は今でも尊敬しており、今は海外でプロサッカー選手としてプレーしています。こうゆう選手がやはり上に行くんだろうなという良い気づきでした。


新卒で人材系ベンチャーのネオキャリアに入社し、当時100名足らずの規模でした。

目標達成は当たり前で、全社員が「この会社で1番をとってやるんだ」とギラギラした社員が多く、約3年半仕事をしたのですが、僕にとってはものすごく良い環境でした。

サッカーをしていた頃とほぼ同じ環境であり、一瞬でも気を抜いた、手を抜いたりすると周りの社員にする置いてかれてしまう、という環境が刺激的で、心地よく、いつも焦って仕事をしました。刺激を下さる先輩方ばかりで、妥協と言う文字がなく、活躍している社員はキラキラしていました。活躍できていない社員は活躍をするために必死で努力をしていました。全社員が精一杯仕事をしている環境はすごく魅力的でした。
周りの友人からは「なんでそんなに仕事をするの?」とよく聞かれていました。だってそういう風に生きてきたし、そっちのほうが楽しいじゃん、と思っていました。


2011年に前職の立ち上げに携わり、1度目の起業を経験したのですが、ここではネオキャリアとは異なるヒリヒリ感がありました。この企業の中で1番になりたい、という想いではなく、まず企業を企業として成立させなくてはならない。1件も入社決定が出ずに倒産してしまう可能性もある、早く会社にキャッシュを作らなくては、という想いでした。
終電まで、土日も問わず、とにかく仕事に没頭をしていました。起業を経験をした方であればご理解いただけるかと思うのですが、どこまで仕事をしてもキリがなく、できる限りやっておきたい、という想いでした。
結果的に会社は軌道に乗り、ある程度会社が大きくなってから2017年3月に退任をしました。

ポテンシャライトを創業したのは2017年4月。
自己資金で始めた会社で、且つ得意なエージェント業を色々な理由で開始できない中、自分が経験をしたことがないフィールドでのスタートでした。会社の初期費用で資本金の半分以上が吹っ飛び、4月に創業、7月に入金がなければ会社が倒産することからスタートをしたポテンシャライト。
サッカーをしていた頃、ネオキャリアで働いていた頃、前職の1度目の起業経験とはまた異なるヒリヒリ感でした。


もしかしたら今が一番仕事に取り憑かれているかもしれません。


僕が今取り組んでいる市場は、
 ベンチャー × 採用コンサルティング
という市場です。


現状、この市場に特化しているプレーヤーとしては少なく(おそらく無い)、また人材業経験者はご理解いただけるかと思いますが、人材業の中でベンチャー企業向けのビジネスは比較的難しいのです。ベンチャー企業は採用要件は高いし、キャッシュがなくそこまでお金を使わずに採用活動を進めたいご意向です。どのように採用活動を進めれば成功するのか、という部分においてこれまで約2年半悩みながら取り組んできました。


いつ競合が生まれるかわからないですし、何より日本で一番ベンチャー採用のことを理解し、実績を積んでいかなければ会社としてはすぐに衰退していきます。つまり前職時代、ネオキャリア時代、サッカーをしていた頃と同じような感覚で仕事をしています。



取り留めのない内容になっていますが、
僕は今までの人生の中で、常に競争環境がある中で過ごしてきました。
競争環境がある中で、自分がやるべきことを決め、それはある程度「量」に偏重をしていたのは事実です。不器用だったのかと思います。

中学1年生の頃に、1度バドミントンを本気でやろうかと思った時期があります。そのときはバドミントンも週4くらいでやっていました。そこでサッカーから手を抜くことによって、スタメンが危ぶまれた経験がありました。

このときに、
「あ、自分以外に必死にやっている人にすぐに追い抜かれていくんだろうな」

と思ったことを覚えています。この感覚が今もあるのだと思います。


ですので、今この状況化でも妥協はしたくないし、常に一生懸命仕事をしたいし、制限なく自分がやるべきことを、新しいことに対してチャレンジをし続けていきたいと思っています。

ここ最近、このようなことを考えていて、今後ポテンシャライトを創っていくにあたり、この変化に富み、スピーディーな市場で戦っていくにあたり、常に進化していく、成長していくという意欲がある方にジョインしてもらいたいと考えるようになっています。


今、ポテンシャライトは常勤で10名を超え、入社決定は2名、業務委託を合わせると20名弱になりました。


ある程度アーリーレイヤーは抜けた感がありますが、僕個人的にはずっとアーリーレイヤーの雰囲気を保って、これから入社をする方々にはこちらに共感をしてもらえるような方と是非ご一緒したいと思っています。

最後に。なぜこんな内容のブログを書いたか。


昨晩、祖母が亡くなりました。

95歳でした。周りの方々から愛され素晴らしい人生でした。僕も14〜26歳まで祖母と暮らしていたのですが、ネオキャリアで終電で家に帰って夜中に20分ほど今日の出来事を祖母にお話をするのが日課でした(夜遅い)。
今は喪失感があります。祖母は戦争を経験し、北海道でものすごく貧しい時期を経験しています。80歳を超えてから俳句を習ったり、85歳くらいまで原付バイクに乗っていました。「今やらないとダメ」という想いがあり、素敵な女性でした。


ただ、不思議と今、そこまで寂しくありません。

なぜか。


祖母は人生をやりきっていました。いつも全力だったと思います。年齢は関係なく色々なことにチャレンジをしていました。おそらく今、人生に悔いは残していないはず。


そういった人生を自分も歩んでいきたいと思ってブログを書きました。


では。


Yamane Kazuki

新卒で入社した大手人材系企業にてマネージャーとして人材紹介事業に携わり、その後、IT/インターネット/ゲーム業界に特化した人材紹介会社立ち上げに参画。同社在籍時にはリクナビネクスト主催のキャリアカウンセラーランキング1位(3000名中)を獲得。2017年4月、株式会社ポテンシャライトを創業し、人材紹介事業と採用コンサルティング事業を推進している。